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この記事では架空野球シリーズの架空の人物・団体等についての情報が記されています。現実の人物・団体等とは一切関係ありません


丸山 弘嗣(まるやま ひろつぐ、1990年1月18日 - )は、福岡県久留米市出身の元プロ野球選手(内野手)。

来歴[]

プロ入り前[]

小学生時代はリトルリーグに所属し、投手を務める。中学生時代はシニアリーグで、全国大会優勝を経験したこともある。

筑陽高に進学後は監督の勧めで内野手に転向し、1年秋からベンチ入り。チームが2年春センバツから4季連続で出場する中で、丸山は2年春センバツはベンチ入り、2年夏からは遊撃手のレギュラーとして活躍した。打撃では通算11本塁打、高い身体能力でプロのスカウト陣も注目したが、大学進学を希望しプロ志望届を提出しなかった。

山ノ手大に進学後は1年秋からリーグ公式戦に出場。2年春からは遊撃手のレギュラーに定着し、4年時には神宮大会で優勝するなどの成績を収めた。1年後輩には大塚能久、3年後輩には平松裕仁がいた。

2011年ドラフト2位で、神戸セネタースに指名され入団。当時の背番号は10

プロ入り後[]

ルーキーイヤーの2012年は春季キャンプを一軍帯同し、オープン戦でもアピールを続けた結果、シーズン開幕戦に「7番・遊撃手」として新人開幕スタメンを飾った。そのまま遊撃手のレギュラー争いに加わったが、プロの壁に阻まれて打率.146と低迷。5月上旬に登録抹消されて以降は、一軍昇格がなかった。

2013年は開幕を二軍で迎える。5月と8月の二度一軍に昇格したが、守備固めや代走出場が主で、11打数ノーヒットに終わった。

2014年は膝や手首のケガで8試合の出場に留まるが、2年ぶりに安打を放っている。

2015年は遊撃手のレギュラー争いに再び加わり、自己最多39試合に出場。プロ初本塁打を放った。

2016年は遊撃手のレギュラー不在の中で谷麟平一條聖希高田祐樹らと争う。開幕スタメンはルーキーイヤー以来5年ぶりに丸山が座ったが、打撃力に勝る一條の台頭を受けて最終的には競り負け、36試合の出場で打率.220、1本塁打8打点に終わっている。

2017年は右足太ももの肉離れや手首の故障などが相次ぎ、8試合の出場に終わる。オフに背番号を10から39に変更した。

2018年はケガと不振が加わり、プロ入り以来初めて一軍出場がなかった。

2019年も一軍出場はなく、オフに戦力外通告を受けて現役を引退。その後、神戸の中国・四国地区スカウトに就任した。

選手としての特徴・人物[]

アマチュア時代は50m6.0秒、遠投100mと身体能力が高かった。守備は正確なスローイングに定評がある。

詳細情報[]

年度別野手成績[]

















































O
P
S

2012 神戸 18 53 48 7 0 0 0 7 1 1 1 2 0 3 0 0 11 1 .146 .196 .146 .342
2013 20 13 11 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 1 0 0 4 0 .000 .083 .000 .083
2014 8 14 11 1 0 0 0 1 0 0 0 2 0 1 0 0 5 1 .091 .167 .091 .258
2015 39 95 87 19 2 0 1 24 8 2 1 3 1 4 0 0 21 2 .218 .250 .276 .526
2016 36 92 82 18 3 0 1 24 8 3 1 3 0 6 0 1 19 2 .220 .281 .293 .574
2017 8 13 13 2 0 0 0 2 0 0 0 0 0 0 0 0 3 0 .154 .154 .154 .308
NPB:6年 129 280 252 47 5 0 2 58 17 6 3 11 1 15 0 1 63 6 .187 .234 .230 .464

タイトル[]

表彰[]

記録[]

背番号[]

  • 10(2012年 - 2017年)
  • 39(2018年 - 2019年)

関連項目[]

神戸セネタース 2011年ドラフト指名選手
1位:xxx | 2位:丸山弘嗣 | 3位:甲斐田千紘 | 4位:xxx | 5位:xxx | 6位:xxx
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