架空野球Wikiデータベース
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この記事では架空野球シリーズの架空の人物・団体等についての情報が記されています。現実の人物・団体等とは一切関係ありません


前田 康至(まえだ こうじ、1990年6月18日 - )は、大阪府大阪市西区出身の元プロ野球選手(投手)。

来歴[]

プロ入り前[]

鳥取学園高時代は外野手兼投手としてプレー。チームは1年夏と3年夏に甲子園に出場し、ともに初戦敗退だったものの3年夏の甲子園では8回からリリーフ登板し最速144キロを記録した。

独立リーグで投手としてプレーするためにプロ志望届を提出し、結果高校卒業後の2009年に東日本リーグ・福井に投手として入団。福井ではケガもあって2年間で通算19試合と登板数が少なかったが、2011年から移籍した富山では頭角を現す。トレーニングと投球フォーム改造を契機に球速が150キロを超えるようになり、主に抑えとして富山での2年間で77試合に登板、5勝38セーブの好成績を残した。

2012年ドラフトでは、横浜マリナーズから5位指名を受けて入団した。

横浜マリナーズ時代[]

ルーキーイヤーの2013年は主に二軍で中継ぎとして登板したが、制球力不足から一軍での登板は4試合のみに留まった。

翌2014年は2試合に登板したが、相変わらず制球力が安定せずに防御率20.25と全く振るわなかった。

2015年は主に左のワンポイント要員として自己最多15試合に登板。しかし11.1イニングに対して与四球6個を数えるなど制球力の課題が残り、防御率も4.76と落ち込んだ。

2016年は9試合に登板し防御率4.05。オフにxxxとのトレードで愛媛ブルークラウンズへ移籍した。

愛媛ブルークラウンズ時代[]

移籍1年目の2017年は、貴重な左の中継ぎとして13試合に登板。防御率5.00ながら、5年目にしてプロ初勝利も記録した。

2018年は二軍では43試合に登板し防御率2.85と好成績を残したが、一軍では昨季より登板機会が半減、防御率も悪化した。

2019年は3試合の登板に留まり、オフに戦力外通告を受ける。トライアウトに参加したが、獲得する球団は現れず現役を引退した。

選手としての特徴・人物[]

オーバースローから放たれる最速152キロのストレートが最大の武器。変化球はスライダー、カーブ、フォークを持つが、制球力が課題。

詳細情報[]

年度別投手成績[]





















































W
H
I
P

2013 横浜 4 0 0 0 0 0 0 0 1 .--- 4.0 2 0 3 0 0 4 1 0 1 1 2.25 1.25
2014 2 0 0 0 0 0 0 0 0 .--- 1.1 1 1 1 0 0 2 1 0 3 3 20.25 1.50
2015 15 0 0 0 0 0 1 0 3 .000 11.1 7 1 6 0 0 10 1 0 6 6 4.76 1.15
2016 9 0 0 0 0 0 0 0 1 .--- 6.2 5 0 3 0 0 5 0 0 3 3 4.05 1.20
2017 愛媛 13 0 0 0 0 1 0 0 2 1.000 9.0 7 2 6 0 0 7 2 0 5 5 5.00 1.44
2018 6 0 0 0 0 0 0 0 0 .--- 5.0 3 0 5 0 0 3 1 0 3 3 5.40 1.60
2019 3 0 0 0 0 0 0 0 0 .--- 2.0 2 0 2 0 0 2 0 0 2 2 9.00 2.00
NPB:7年 52 0 0 0 0 1 1 0 7 .500 39.1 27 4 26 0 0 33 6 0 23 23 5.26 1.35

タイトル[]

表彰[]

記録[]

背番号[]

  • 38(2017年 - 2019年)

関連項目[]

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