架空野球Wikiデータベース
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この記事では架空野球シリーズの架空の人物・団体等についての情報が記されています。現実の人物・団体等とは一切関係ありません


吉川 浩之(よしかわ ひろゆき、1981年4月23日 - )は、奈良県御所市出身の元プロ野球選手(外野手)、野球評論家。

来歴[]

プロ入り前[]

小学生時代に地元の少年団で野球を始め、中学生時代は軟式野球部に所属。

地元の御所高に進学後はエースで4番として活躍したが、県大会での最高戦績はベスト4で甲子園出場はならなかった。

1999年ドラフト5位で、埼玉ヒートファイターズから内野手指名を受けて入団。当時の背番号は56

埼玉ヒートファイターズ時代[]

プロ入り当初は内野手としてプレーしていたが、守備で芳しい評価を得られなかったことから1年目のオフに外野手へコンバート。二軍では2年目に10本塁打を放つなど早くから頭角を現し、3年目の2002年に一軍デビューを果たす。なお、このデビュー時のポジションは遊撃手だった。

2003年、それまで主力だったxxxが東京ライオンズへFA移籍すると、その空いた定位置を与えられる形でブレークを果たす。昨年まで通算わずか1安打だったが、この年就任したxxx監督に徹底指導を受けてスタメンに抜擢され、規定打席には到達しなかったものの100試合ちょうどに出場。打率.248、10本塁打38打点を記録した。

2004年は背番号を3に変更。左翼手のレギュラーを掴み初めて規定打席に到達、本塁打は10本と昨季から増えなかったが打率.301、58打点12盗塁をマークした。

2005年は初めて全試合フル出場を果たす。打率こそ3割にわずかに満たなかったが、22本塁打72打点はキャリアハイを記録した。

2006年も引き続き全試合フル出場。打率は.290とまずまずだったが、本塁打と打点は昨季より数字を下げてしまった。

2007年はシーズン途中の死球による数試合の離脱でフル出場は逃したが、141試合に出場。打率.324、32本塁打96打点を記録し、自身初のタイトルとなる最高出塁率とベストナインを受賞した。

2008年は2年ぶりに全試合出場を果たし打率.305、27本塁打88打点。2年連続のベストナインに初のゴールデングラブ賞も受賞した。

2009年は2年ぶりに30本塁打を超え打率.302、30本塁打96打点を記録。オフにポスティングを行使し、MLB・ボストンと3年総額15億円で契約した。

MLBボストン時代[]

ボストンでの1年目となる2010年は、序盤の1か月は打率3割を超える好調を記録したが、5月以降は低迷。6月以降はスタメン出場とベンチスタートが半々になり、最終的に118試合に出場して打率.241(423-102)、8本塁打42打点を記録した。

2011年は「第4の外野手」のような立ち位置となり、一時はケガでDL入りするなど低迷。最終的に57試合の出場にとどまり、打率.246(142-35)、3本塁打15打点と低迷した。

2012年は前年より機会を増やして96試合に出場したものの、打率.239(276-66)、6本塁打25打点と成績は伸びなかった。オフにトレードでクリーブランドへ移籍した。

クリーブランド、アーリントン時代[]

2013年の開幕当初所属したクリーブランドではメジャー契約だったものの、メジャーでの出場は13試合に留まる。5月にDFAとなりアーリントンへ移籍するがここでも出場は7試合に留まり、オフに再度DFAとなった。

2013年オフ、神戸セネタースと2年8億+出来高で契約。4年ぶりに日本球界へ復帰した。背番号は埼玉時代後半と同じ3

神戸セネタース時代[]

日本時代に3割30本を記録した打棒を期待された2014年は、開幕スタメン出場こそ果たすが期待されたような数字を残せず、8月になって肉離れを発症しそのままシーズン終了。打率.243、18本塁打56打点と期待からは外れた成績となった。

2015年は130試合に出場し規定打席に到達するも、打率.249、14本塁打52打点と不完全燃焼に終わる。

2016年からは膝の痛みが慢性化し、スタメンを退いてベンチスタートが多くなる。この年の出場試合数は98に留まり、100試合を切ったのは日本では一軍デビューした2002年以来。打率.237、8本塁打で2桁本塁打の記録も途切れた。

2017年は2年ぶりに出場試合が100を越したものの規定打席には満たず、打率.236、8本塁打42打点と成績も低迷する。

2018年は88試合に出場し、打率を.273と例年より4分ほど上げて意地を見せたシーズンとなった。

2019年は腰痛などの怪我で50試合の出場に留まり、打率.200、5本塁打と精彩を欠いた。この年日本通算1500試合出場、通算6000打席到達、通算1500本安打、通算1000三振を達成している。

2020年は若手の台頭もあり一軍では6試合の出場に留まって、一軍デビュー後では初めて安打を放つことが出来なかった。オフに戦力外通告を受け、その後東京ライオンズへ移籍した。

東京ライオンズ時代[]

2021年は東京でプレー。代打として期待され22試合に出場したが、打率.158に終わり結果を残すことが出来なかった。オフに2年連続で戦力外通告を受けて東京を退団し、11月に古巣である埼玉ヒートファイターズへの復帰が発表された。背番号は「初心へ帰る」として、入団当時に着用した56を使用する。

第2次埼玉ヒートファイターズ時代[]

2022年は開幕一軍入りを果たして代打で3試合に出場するが安打を放てず、開幕カード終了後に一軍登録を抹消されてからは二軍でプレーしていた。9月上旬に現役引退を表明、その後の本拠地最終戦で引退試合に「7番・左翼手」でスタメン出場し、最終打席にあわや本塁打かと言う適時二塁打を放って有終の美を飾った。

現役引退後[]

2023年からは野球評論家として活動する。

選手としての特徴・人物[]

埼玉時代は50m6.0秒の俊足、高校通算24本塁打のパンチ力溢れる打撃、遠投100mを超える強肩を兼ね備え、華のあるプレーで魅せる人気の高い選手だった。

神戸帰国後は膝を痛めたことで走力が落ち、もっぱら打撃力に頼るプレースタイルをとっている。

詳細情報[]

年度別野手成績[]

















































O
P
S

2002 埼玉 4 5 5 1 0 0 0 1 1 0 0 0 0 0 0 0 2 0 .200 .200 .200 .400
2003 100 354 331 82 14 0 10 126 38 6 5 2 1 18 1 2 64 4 .248 .290 .381 .670
2004 126 478 432 130 28 0 10 188 58 12 10 0 1 42 3 3 96 8 .301 .366 .435 .801
2005 146 601 541 161 24 0 22 251 72 11 8 0 6 50 4 4 102 11 .298 .358 .464 .822
2006 146 606 538 156 32 0 16 236 66 8 7 0 4 53 6 11 94 8 .290 .363 .439 .802
2007 141 604 506 164 28 0 32 288 96 9 6 0 10 82 8 6 86 6 .324 .417 .569 .986
2008 144 613 531 162 29 2 27 276 88 6 6 0 8 71 7 3 84 6 .305 .385 .520 .905
2009 144 606 530 160 25 1 30 277 96 6 4 0 5 66 8 5 77 8 .302 .381 .523 .904
2014 神戸 108 451 404 98 12 0 18 164 56 0 2 0 4 41 3 2 73 14 .243 .313 .406 .719
2015 130 539 478 119 11 0 14 172 52 0 0 0 6 51 2 4 97 14 .249 .323 .360 .683
2016 98 370 338 80 7 0 8 111 34 0 0 0 4 26 3 2 75 11 .237 .292 .328 .620
2017 102 392 352 83 12 0 8 119 42 0 1 0 3 35 1 2 56 11 .236 .306 .338 .644
2018 88 319 286 78 6 0 8 108 14 0 0 0 2 29 1 2 65 11 .273 .342 .378 .719
2019 50 182 160 32 4 0 5 51 15 0 0 0 2 16 0 4 36 6 .200 .286 .319 .604
2020 6 6 6 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 2 0 .000 .000 .000 .000
2021 東京 22 22 19 3 0 0 0 3 0 0 0 0 0 3 0 0 6 1 .158 .273 .158 .431
2022 埼玉 4 6 5 1 1 0 0 2 1 0 0 0 0 1 0 0 1 0 .200 .333 .400 .733
NPB:17年 1559 6154 5462 1510 233 3 208 2375 729 58 55 2 56 584 47 50 1016 119 .276 .349 .434 .783

タイトル[]

  • 最高出塁率:1回(2017年)

表彰[]

  • オールスターゲーム出場:5回(2004年 - 2005年、2007年 - 2009年)
  • ベストナイン:3回(2007年 - 2009年)
  • ゴールデングラブ:2回(2008年 - 2009年)

記録[]

背番号[]

  • 56(2000年 - 2003年、2022年)
  • 3(2004年 - 2009年、2014年 - 2020年)
  • 5(2021年)

関連項目[]

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