工藤 光磨(くどう こうま、1996年2月2日 - )は、青森県西津軽郡鰺ヶ沢町出身の元プロ野球選手(外野手)。
来歴[]
プロ入り前[]
相撲が盛んな鰺ヶ沢町出身で、小学生時代は工藤ももれなく相撲を始めていた。しかし途中から相撲の稽古に行くのを嫌がるようになり、本人たっての希望で中学進学とともに野球へ転向する。野球部では投手を務めていた。
青森北斗高に進学後は外野手に転向し、1年秋から4番を務める。50m6.0秒の俊足と高校通算26本塁打を放つパンチ力で活躍した。しかし甲子園には縁遠く、3年春の県大会試合中に右肘側副靭帯を断裂してトミー・ジョン手術を受けたため、3年夏の県大会には出場できずチームも2回戦で敗れている。
2013年育成ドラフトで、東海グランパスから3位指名を受けて入団。入団当時の背番号は207。
プロ入り後[]
2014年は手術のリハビリに前半戦の期間を割き、後半から二軍戦に出場。30試合に出場し、打率.184、2本塁打6打点を記録している。
2015年は二軍で三塁手が固まらなかったこともあり、三塁手にコンバートされて出場機会を増やし36試合に出場。打率.214、5本塁打15打点を記録した。
2016年は二軍の正三塁手に定着し、当初は安定感を欠いていたものの7月から調子を上げて、最終的には95試合に出場して規定打席に到達。打率.273、13本塁打63打点を記録した。オフに支配下登録を受け、背番号を99に変更。
2017年は二軍では引き続きレギュラーを務めるが、打率.243、6本塁打45打点と昨季より成績を大きく落とし、一軍昇格はならなかった。
2018年は一軍デビューを果たし、3試合に出場。プロ初安打を記録した。
しかし2019年は二軍でも不振に陥り一軍出場がゼロに終わる。オフに戦力外通告を受け、現役を引退した。
選手としての特徴・人物[]
高校通算26本塁打の、パンチ力のある打撃が武器の選手。足もまずまず早く、守備ではその俊足を生かす場面もみられる。
守備は外野手の他に、二軍では三塁手を務めている。
詳細情報[]
年度別野手成績[]
年 |
球 |
試 |
打 |
打 |
得 |
安 |
二 |
三 |
本 |
塁 |
打 |
盗 |
盗 |
犠 |
犠 |
四 |
敬 |
死 |
三 |
併 |
打 |
出 |
長 |
O |
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2018 | 東海 | 3 | 4 | 4 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | .250 | .250 | .250 | .500 |
タイトル[]
表彰[]
記録[]
背番号[]
- 207(2014年 - 2016年)
- 99(2017年 - 2019年)
関連項目[]
東海グランパス 2013年ドラフト指名選手 | |
新人選手選択会議 | 1位:野村将大 | 2位:桜井将希 | 3位:結城智也 | 4位:木村真司 | 5位:藤澤雅親 | 6位:桑原雄大 | 7位:新田拓也 |
育成選手選択会議 | 1位:荒木直矢 | 2位:平崎敦士 | 3位:工藤光磨 | 4位:原遼馬 |