架空野球Wikiデータベース
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この記事では架空野球シリーズの架空の人物・団体等についての情報が記されています。現実の人物・団体等とは一切関係ありません


平崎 敦士(ひらさき あつし、1991年6月10日 - )は、愛知県名古屋市東区出身のプロ野球選手(投手)。

来歴

プロ入り前

中学時代はシニアで外野手としてプレー。高校は岐阜学院高へ進学し、同時に投手へ転向。当時の最速は136キロ止まりで2番手投手に甘んじ、チームは3年春・夏に2季連続で甲子園に出場し春はベスト8入りを果たしているが、平崎の登板は春のセンバツでの1試合、2イニングのみに留まった。

愛知学館大に進学後はウエイトトレーニングに励み、ストレートの球速が150キロを計測するまでに成長。しかし制球難を改善できず、ベンチ入りこそ2年春から6季連続で果たしたが登板機会は12試合14.1イニング、防御率5.02と結果を残せなかった。母校は2013年に神宮大会に出場しているが、ここでも平崎の登板機会はなかった。

それでも、2013年育成ドラフト2位で東海グランパスに指名されて入団。当時の背番号は212

東海グランパス時代

2014年は投球フォームの改善に取り組み、二軍での登板数は4試合のみ。防御率も7.36と、結果を残せなかった。

2015年はオープン戦中に転倒し左手首を骨折したことで開幕には出遅れたものの、5月に復帰後は二軍で9試合先発を含む13試合に登板。4勝4敗、防御率3.77の好成績をマーク。オフに支配下登録を受け、背番号を65に変更した。

2016年は二軍で先発ローテーションを担い20試合に登板(うち先発14試合)。6勝4敗、防御率3.63の成績をマークしたが、一軍で先発ローテーションが崩壊した中でも昇格の機会はなかった。

2017年は春季キャンプで右肘を痛め、検査の結果右肘側副靭帯断裂が発覚。トミー・ジョン手術を受け、シーズンを棒に振り、一・二軍ともに登板がなかった。オフに自由契約を受け、育成選手として再登録された。

2018年はケガからの復帰に手間取り、三軍で2試合のみの登板に留まった。オフに戦力外通告を受けて12球団合同トライアウトを受験し、実戦登板では最速146キロの直球を披露した。

千葉マリンシャークス時代

トライアウトでの投球を買われて千葉マリンシャークスからオファーを受け、秋季キャンプでのテストを経て11月に支配下登録での入団が決まった。背番号は91

選手としての特徴・人物

最速150キロの球威のあるストレートを武器に、スライダー、フォークなどの球種で配球を組み立てる。

大学時代までは制球に課題を残していたが、プロ入り後はフォーム改造を経て改善させることに成功した。

詳細情報

年度別投手成績

タイトル

表彰

記録

背番号

  • 212(2014年 - 2015年)
  • 65(2016年 - 2017年)
  • 265(2018年)
  • 91(2019年 - )

関連項目

東海グランパス 2013年ドラフト指名選手
新人選手選択会議 1位:野村将大 | 2位:桜井将希 | 3位:結城智也 | 4位:木村真司 | 5位:藤澤雅親 |
6位:桑原雄大 | 7位:新田拓也
育成選手選択会議 1位:荒木直矢 | 2位:平崎敦士 | 3位:工藤光磨 | 4位:原遼馬
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